「異常」「ひどい」「ありえない」そんな感じの言葉が出たのをよく覚えている。
そうだろうか?
このストーリーにあるのは”ありふれた不幸”で―。
まるで自分の事を書かれてているような無様な錯覚さえ―。
僕は覚えていたのだが。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
原作:桜庭一樹/漫画:杉基イクラ
母子家庭、そして兄は”神の視点”をもった「ひきこもり」。
中学を卒業したら自衛隊に入ると決めている少女、山田なぎさ。
一世を風靡したミュージシャンの父、豪華な犬小屋のある邸宅。
「ぼくは人魚なんです」そう自己紹介した転校生、海野藻屑。
二人が過ごした夏の日々の物語―。
2008年に直木賞を受賞した桜庭一樹の出世作を『Variante』の杉基イクラが漫画化した作品。
杉基イクラの繊細なモノトーンは桜庭一樹の世界を表現するのに最適なのかもしれない。
小説から漫画へ、あるいは漫画からアニメへ、アニメからゲームへ。
別の表現への変換は今や日常的に行われているが、これほど原作の雰囲気を残している作品は希にしか見れないと思う。
原作が好きで、コミカライズを敬遠している方へ。
―その気持ちは理解できるが―この作品は是非手にとって見てほしい。
もちろん、それだけではコピーにしかならないのだが、漫画という表現形式を生かして、原作では語り得なかった部分を補完する手腕も流石で、息が止まるようなキャラクターの表情がいくつもあった。
特に、海野藻屑のキャラクター性には杉基イクラのセンスが濃く反映されてるように思う。
やや極端な言い方をすれば、これは桜庭一樹と杉基イクラの合作になっているのでないだろうか。
「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」に対して僕の感じる魅力は、自分に共通する世界観と、そこに生きるキャラクター達の自分にはない歩み方にある。
僕たちは、一人で、世界に対して無力で、しかし、世界は厳然として存在している。
僕たちにできることは、きっと生き抜くことだけなのだということ―
これは別に警句ではない。詩でも歌でもない単なる事実である。
―できることなら、山田なぎさの様に、海野藻屑の様に生きたい。
きっと僕は、そう思ってこの本を閉じるのだ。